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クフナ・アルク(城塞)

城塞 · 17世紀、19世紀に再建・拡張

クフナ・アルク(城塞)

イチャン・カラの西壁に寄り添う、ヒヴァのハンたちの城塞兼居城。タイル張りの玉座の中庭、マジョリカに覆われた夏のモスク、旧造幣所、そして町一番の眺めを誇る見張り塔がある。

概要

クフナ・アルクとは「古い城塞」の意味。ここは町の中のもうひとつの町だった。ハンの住まい、評議会、宝物庫、牢獄が、イチャン・カラの西の城壁に接する独自の壁に囲まれていた。17世紀にはすでに城塞があり、伝統的には1680年代のアラング・ハンの治世のものとされ、19世紀にコングラト朝のハンたちによって再建・拡張された。最盛期にはハレム、武器庫、厩舎、造幣所、火薬工房までそろっていた。その多くは失われたが、残された部分はヒヴァでも指折りの傑作である。

謁見の中庭

アルクの中心は、ハンが使節や請願者を迎えた謁見の間、クリニシュ・ハナだ。彫刻を施した木の柱に支えられた高いアイヴァンで、四方を青、白、トルコ石色のマジョリカタイルに覆われ、円形のレンガの壇がある中庭に面している。冬にはこの壇の上にハンのユルトが張られた。遊牧民の血を引くヒヴァの君主たちは、寒い季節にはレンガよりもフェルトを好んだのである。現在の謁見の間は19世紀初頭のもの。

夏のモスクと造幣所

風を取り込むため一方が開け放たれた夏のモスクは、青と白のタイルの壁と、赤、オレンジ、金で彩色された天井を持つ。近くの旧造幣所(ザルブハナ)は現在、ヒヴァの硬貨と紙幣の小さな博物館となっており、1920年頃のハン国のシルクの紙幣も展示されている。

アク・シェイフ・ボボの稜堡

アルクの北東の角にそびえるアク・シェイフ・ボボの稜堡は、城塞で最も古い部分で、そこに住んでいたといわれる聖者にちなんで名づけられた。町と砂漠を見張る物見台として使われ、その屋上はイチャン・カラのドームを一度に見渡す定番の場所だ。手前にカルタ・ミナル、その奥にジュマ・モスクのミナレットとイスラーム・ホジャ・ミナレットが見える。登るには別のチケットが必要で、展望台は狭く、日没時には混み合うので、少し早めに行こう。

見どころ

  • マジョリカタイルに覆われたハンの謁見の間、クリニシュ・ハナ
  • ハンの冬のユルトが張られた円形の壇
  • 彩色天井の夏のモスク
  • 旧造幣所の硬貨とシルクの紙幣
  • アク・シェイフ・ボボの稜堡から眺めるイチャン・カラの夕日

ギャラリー

クフナ・アルク(城塞) 1
クフナ・アルク(城塞) 2
クフナ・アルク(城塞) 3

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