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ディシャン・カラ(外城)

旧市街 · 外壁は1842年、建物は19世紀〜20世紀初頭

ディシャン・カラ(外城)

古都ヒヴァの外側の環。かつては1842年に築かれた全長6キロの城壁に囲まれていた。いまは人々が暮らす日常の町で、メインのバザール、残された城門、ヌルッラバイ宮殿、ハン国末期の20世紀初頭の建物が点在する。

概要

イチャン・カラがハンの町だったのに対し、外城ディシャン・カラはヒヴァの住民の大半が暮らし、働いた場所だった。1842年、アラクリ・ハンはトルクメン人の襲撃から町を守るため、全長約6キロの城壁でここを囲んだ。言い伝えによれば、城壁はオアシスの住民に工事を割り振り、およそ1か月で築かれたという。城壁にはいくつもの門があり、その多くは崩れてしまったが、北側の修復されたコシュ・ダルヴァザをはじめ、いくつかの区間と門が今も残っている。

ここで見られるもの

  • パルヴァン・ダルヴァザのすぐ外にあるヒヴァのバザール。パン、ドライフルーツ、旬のメロン、そして人々の日常
  • 1912年に完成した、ハンたちの最後の住まいヌルッラバイ宮殿
  • ハン国末期の20世紀初頭の建物。旧病院や、現在は小さな通信博物館となっている旧郵便電信局など
  • 住宅街の路地に点在する地元の廟や小さなモスク

楽しみ方

ほとんどの旅行者は、ホテルと城門の間を車で移動するときにディシャン・カラを通り過ぎるだけだ。しかし、ここはぜひ歩いてみたい。おすすめはバザールが開き始め、光がやわらかい早朝。家々の間に古い外壁の一部が姿を見せ、ほかの旅行者もほとんどいない。半日あれば、バザール、ヌルッラバイ宮殿、北の門をつないで歩き、イチャン・カラへ戻ることができる。

見どころ

  • 1842年築の外壁の残された区間と城門
  • イチャン・カラ東門そばのヒヴァのバザール
  • ヌルッラバイ宮殿
  • ハン国末期の建物:病院と郵便局
  • 静かな住宅街の路地と小さなモスク

ギャラリー

ディシャン・カラ(外城) 1
ディシャン・カラ(外城) 2
ディシャン・カラ(外城) 3
ディシャン・カラ(外城) 4

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イチャン・カラ(城壁に囲まれた内城)

建築群 · 城壁は古代から、建物の大半は18世紀〜20世紀初頭

イチャン・カラ(城壁に囲まれた内城)

マドラサ、ミナレット、宮殿、日干しレンガの家々がそろった、城壁に囲まれた町がまるごと残り、今も人が暮らしている。1990年にウズベキスタン初のユネスコ世界遺産に登録されたイチャン・カラこそ、旅人が砂漠を越えてヒヴァを目指す理由だ。

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カルタ・ミナル

ミナレット · 1852〜1855年(未完)

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クフナ・アルク(城塞)

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クフナ・アルク(城塞)

イチャン・カラの西壁に寄り添う、ヒヴァのハンたちの城塞兼居城。タイル張りの玉座の中庭、マジョリカに覆われた夏のモスク、旧造幣所、そして町一番の眺めを誇る見張り塔がある。

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ジュマ・モスク

モスク · 1788〜1789年に古い敷地に再建、一部の柱は数百年古い

ジュマ・モスク

200本を超える木彫りの柱が並び、それ以外の装飾はほとんどない、天井の低い薄暗い大広間。ヒヴァの金曜モスクは中央アジアのどのモスクとも異なり、柱の一部は建物そのものより何世紀も古い。

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