ブハラ最古の建築は、アルク城の西の公園に佇む小さなレンガの立方体。サーマーン朝廟と周辺の見どころ、チャシュマ・アイユブの泉、旧市街の城壁、ボロ・ハウズ・モスクを、2026年の入場料・開館時間・散策ルートとともにご案内します。
情報・料金・時刻表は2026年11月4日時点で確認済み
ブハラのサーマーン朝廟は、幅わずか10メートルほどの焼成レンガの立方体でありながら、イスラム世界で最も賞賛される建築のひとつです。アルク城のすぐ西、木陰の多い公園に立ち、モンゴル軍による略奪を含む千年以上の歳月を生き延びてきました。今なお驚くほどモダンに見えます。
ここは、半日の心地よい散策の出発点でもあります。廟から歩いて数分の範囲に、聖なる泉の上に建つチャシュマ・アイユブ廟、ブハラの旧城壁で最も保存状態の良い区間、そしてアルクの向かいには、細い木の柱が池に映り込むボロ・ハウズ・モスクがあります。
このガイドでは、それぞれの場所の見どころ、入場料を払う価値のあるもの、2026年11月時点のサーマーン朝廟の入場料と開館時間、そしてブハラ(Buxoro)での一日にこのエリアを組み込む方法をご紹介します。アルクやポイ・カリヤン複合施設については別のガイドを、旧市街全体についてはブハラ旅行ガイドをご覧ください。
サーマーン朝廟とは?
廟(ウズベク語でSomoniylar maqbarasi)は、9〜10世紀にブハラを拠点として中央アジアとイラン東部の大半を支配したペルシア系王朝、サーマーン朝の一族の墓です。この時代のブハラは、学者、詩人、図書館の都として、イスラム世界屈指の首都のひとつでした。若き日のイブン・シーナーも、サーマーン朝の王室図書館で学んでいます。
地元ではイスマイール・サーマーニー廟と呼ばれています。王朝で最も名高く、公正で敬虔な君主として記憶されるイスマイール・イブン・アフマド(在位892〜907年)にちなんだ名です。ただし、歴史家はより慎重です。1930年代の修復中に見つかったクーフィー体の銘文入りの木製まぐさ石には、孫のナスル2世(在位914〜943年)の名が記されており、内部からは3体の男性の埋葬が確認されました。イスマイールが父アフマドのため、あるいは自身のために建てたのか、それともナスルの時代のものなのか、学者の間では今も議論が続いています。いずれにせよ10世紀前半の建造で、ブハラに現存する最古の建物であり、中央アジアのイスラム建築で最も古い遺構のひとつです。
ブハラの旧市街は1993年からユネスコ世界遺産に登録されており、この廟はその代表的な建造物です。ウズベキスタンのイスラム建築に関する記事では、建築家たちがなぜここを後世のすべての出発点と見なすのかを解説しています。
外から内から:レンガ細工の見方
建物はほぼ完全な立方体で、一辺は約9.4メートル、その上に直径約7メートルの半球形ドームが載っています。壁は基部で厚さ約1.8メートルあり、ごくわずかに内側へ傾いているため、重厚さと静けさが感じられます。屋根の四隅には小さなドームが置かれ、壁の上部にはアーチの開放回廊がめぐります。
タイルも彩色もありません。すべては焼成レンガによるもので、2〜5個のレンガの帯やブロックを組み合わせ、籠編み、市松模様、犬歯模様、小さなロゼット模様を生み出しています。レンガが建物を支えると同時に装飾も担っているのです。表面の凹凸が深いため、模様は光によって刻々と表情を変えます。正午は平らで砂色に、早朝と夕方にはくっきりと浮かび上がります。
注目したいポイント:
- 同じ意匠の四つのファサード。それぞれレンガの「ビーズ」の帯と付け柱の角柱に縁取られたアーチ形の入口があります。
- アーチ上のスパンドレルにある円形装飾。太陽やゾロアスター教の象徴とも読まれ、サーマーン朝の統治した土地で古いペルシアの宗教がまだ人々の記憶に新しかったことを思わせます。
- 内部の、正方形の部屋から円形ドームへの移行部。四隅に架かるアーチ状のスキンチが正方形を八角形に変える方法で、のちにイスラム世界各地で繰り返されました。
- 外壁に劣らず精緻な内部のレンガ積み。低い太陽の光が入口から差し込む時間帯が最適です。
内部は小さく簡素で、現代の空墓(セノタフ)があります。見学は数分で済みますが、外周をゆっくり二周する時間をお取りください。日なたの側と日陰の側で、それぞれ印象が変わります。
廟はいかにして生き延びたか
サーマーン朝廟が生き残ったのは、何世紀ものあいだ誰の目にも触れなかったからです。シルトや砂、そして周囲の墓地の地面が上がったことで建物の下部が埋もれ、1220年にチンギス・ハンの軍がブハラを占領した際にも、街の大半を壊滅させた破壊を免れました。
1920年代に学者による調査が行われ、考古学者ヴァシリー・ヴャトキンが1926〜1928年に発掘しました。その後、段階的に修復が進められ、最大規模の工事は1937〜1939年に行われ、以来、丁寧に維持されています。現在目にするのは、10世紀当時のレンガが大部分を占める姿です。
地元の言い伝えには独自の説明もあります。ブハラでハズラット・スルタンと呼ばれるイスマイール・サーマーニーは、墓の中からも統治を続けたといわれ、人々は片側の隙間から願い事を書いた紙を差し入れ、反対側で答えが見つかると信じていました。今でも願い事を胸に建物の周りを歩く人の姿があり、幸運を願って三周する人もいます。
サーマーン公園:墓地から市民公園へ
廟はかつて、広大な墓地の真ん中に立っていました。第二次世界大戦後に墓は撤去されて舗装され、一帯は市民公園となりました。当初はソ連の指導者キーロフにちなんで名づけられ、湖を中心に整備されました。現在はサーマーン公園(Somoniylar bog'i)として、古木、池、カフェ、地元の家族連れが今も利用する小さな遊園地を備えた大きな緑地になっています。
10世紀の王家の墓にはどこか不思議な環境で、遊園地の音楽が耳障りに感じられる方もいます。ただ、私たちはむしろ気に入っています。くつろぐ普通のブハラの人々、写真を撮るカップル、ブランコで遊ぶ子どもたちに出会える、歴史地区では数少ない場所だからです。特に夏の夕方や週末は格別です。
実用的なポイントとして、公園は木陰とベンチが多く、アルクとバザール周辺の間で正午の暑さをしのぐのに最も涼しい場所です。夏は廟を早朝に訪れ、最も暑い時間帯は屋内で過ごす計画をおすすめします。
チャシュマ・アイユブ:ヨブの泉と水の博物館
公園を抜けて北西へ数分歩くと、「ヨブの泉」を意味するチャシュマ・アイユブがあります。伝説によれば、預言者ヨブ(アイユブ)が干ばつの折にここを訪れ、杖で地面を打つと泉が湧き出たといいます。その水は今も癒やしの力があるとされ、内部の井戸で瓶に水を汲む巡礼者の姿が見られます。
聖廟の最も古い部分は12世紀にさかのぼりますが、現在の建物は14世紀後半のアミール・ティムールの時代のもので、のちにシャイバーニー朝のアブドゥッラー・ハーン2世の下でも手が加えられました。最も珍しい特徴は、ひとつの部屋の上にそびえる背の高い円錐形ドームで、ブハラではなくホラズムに典型的な様式です。ティムールがホラズム遠征から連れ帰った職人たちによるものと説明されるのが一般的です。
内部には、ブハラ・オアシスの水利に関する小さな博物館があり、井戸、運河、かつて旧市街に水を供給していたハウズ(池)のシステム、アラル海の惨禍に関する展示が見られます。所要時間は20〜30分です。隣には、ブハラ近郊で生まれた9世紀のハディース学者イマーム・ブハーリーを記念する、ガラスとレンガの現代的な記念碑があります。主要な記念複合施設はサマルカンド近郊にあります。
チャシュマ・アイユブは博物館であると同時に巡礼の地でもあります。控えめな服装を心がけ、井戸の間では静かに話し、祈る人々を撮影する際は事前にお声がけください。
ブハラの城壁とタリパチ門
ブハラは20世紀初頭まで城壁に囲まれた都市でした。最終的な形では、城壁は街を約12キロメートルにわたって取り囲み、11の門があり、そこからサマルカンド、カルシ、ヒヴァ、砂漠へと道が延びていました。その大半は、都市の拡大に伴いソ連時代に取り壊されました。
現在は約2キロメートルが断片的に残り、主に旧市街の西端と北西端にあります。門は北西のタリパチと南西のカラクルの二つが残っています。現存部分の大半は、シャイバーニー朝が防御を再建した16世紀のもので、後の世紀にも修繕されています。高い土の堤の上に日干しレンガで築かれ、等間隔に丸い塔が配され、風化した傾斜のある姿は、整えられた復元よりもずっと雰囲気があります。
最も見やすいのはサーマーン公園の端で、城壁の一部が部分的に再建されており、沿って歩くことができます。二つの塔とアーチ状の通路を持つタリパチ門へは、北へタクシーで短時間、または徒歩15〜20分です。見学は無料で、窓口もありません。夕方の光が粘土の壁を照らす時間帯は撮影に最適です。地面が不整地で柵もないため、しっかりした靴でお出かけください。
ボロ・ハウズ・モスク:首長の金曜モスク
アルクの正門の向かい、広場を挟んでボロ・ハウズ・モスクが立っています。1712年に完成し、首長(エミール)たちの公式な金曜モスクとなりました。首長は城塞から広場に敷かれた絨毯の上を渡って、ここへ礼拝に来たといいます。
このモスクは、正面に深く開いたポーチ、イーワーンで知られています。イーワーンの高さは約12メートルで、20本の細い木の柱が、赤・緑・金で彩色された平らな格天井を支え、柱頭にはムカルナスの鍾乳石状の彫刻が施されています。高い柱と彩色天井は、首長国最後の時期にあたる1917年に加えられたもので、池のそばの低いレンガとタイルのミナレットも同じ時期のものです。そのため、このモスクはブハラの同時代の建物の多くよりも軽やかで優美に見えます。
前面にはモスクの名の由来となったハウズ(池)があります(「子どもたちの池」という訳が広く知られていますが、意味には諸説あります)。柱が水面に映る光景は、特に夕暮れ時、ブハラで最も美しい一枚になります。
ボロ・ハウズは現役のモスクです。イーワーンは外からいつでも無料で見学・撮影できます。礼拝時間外であれば、肩と膝を覆う控えめな服装(女性はスカーフ着用)で、絨毯の上では靴を脱げば、内部を見学できることが多いです。金曜の正午の礼拝は避けてください。
2026年のサーマーン朝廟の入場料と開館時間
これらの見どころには共通券はなく、それぞれ入口で少額の料金を現金で支払います。2026年11月時点の目安は以下のとおりです。
- サーマーン朝廟:大人1名あたり約20,000スム(約1.5〜2米ドル)。7歳未満の子どもは通常無料。
- チャシュマ・アイユブの水の博物館:別途少額、通常15,000〜30,000スム。
- ボロ・ハウズ・モスク:無料。寄付は歓迎。
- 城壁とタリパチ門:無料。
- サーマーン公園:入場無料。乗り物やアトラクションは別料金。
開館時間:廟は通常、毎日8:00または9:00頃から18:00まで開いており、夏はやや長く、冬は短くなります。公園自体は終日開いています。ウズベキスタンの料金は近年上昇しており、予告なく変わることがあるため、2026年の一般的な目安として、窓口でご確認ください。プロ用カメラでの撮影に追加料金を課す博物館もあります。
スムの小額紙幣をご用意ください。小さな窓口ではカード決済が当てにならないことがあります。カード、現金、両替については、お金に関するガイドをご覧ください。
アクセスと散策ルート
サーマーン公園は旧市街の西端にあり、アルクから西へ約600メートル、徒歩10分ほどの気軽な距離です。リャビ・ハウズからは、交易ドームとポイ・カリヤンを通り過ぎて徒歩約20〜25分。Yandex Goのタクシーなら5分ほどで、料金もごくわずかです。
見学時間を含めて約3時間の、ゆったりした午前のコース:
- 8:30頃、光がやわらかく、アルク前の広場が静かなうちにボロ・ハウズ・モスクから出発。
- 公園沿いの道を西へ歩き、ツアー客が到着する前にサーマーン朝廟へ。
- 公園を抜けてチャシュマ・アイユブと水の博物館へ。
- 再建された城壁沿いを歩いて締めくくり、その後、徒歩またはタクシーでタリパチ門へ。
- 中心部へ戻り、まだ暑すぎないうちにアルクを見学するか、交易ドーム近くでお茶とサムサをどうぞ。
午後なら順序を逆にもできます。まずアルク、日没前の最後の2時間にサーマーン公園、夕暮れにボロ・ハウズです。
サーマーン朝廟は訪れる価値がある?旅のヒント
はい、建築に詳しくない方にもおすすめです。小さくてすぐに見られますが、モンゴル以前のブハラの姿を伝え、費用もほとんどかかりません。多くの旅行者にとって、ブハラで最も鮮明に記憶に残る建物です。
実用的なヒント:
- 最適な光:早朝、または日没前の最後の2時間。正午はレンガが平板に見えます。
- 所要時間:廟は20〜30分、チャシュマ・アイユブ、城壁、ボロ・ハウズを含むエリア全体で1.5〜2.5時間。
- 最適な季節:4月〜6月上旬、9月〜10月。7〜8月は10:00前に。
- バリアフリー:公園の小道は平坦で舗装済み。廟は各入口に低い段差があり、城壁は不整地です。
- お子様連れ:公園の遊び場や乗り物があり、家族連れには立ち寄りやすい場所です。ウズベキスタンを子連れで巡るガイドにもアイデアを掲載しています。
- ガイドの同行:模様の意味、サーマーン朝の物語、伝説が、素朴なレンガの立方体に命を吹き込みます。
TourEastで巡るサーマーン朝廟
サーマーン朝廟、チャシュマ・アイユブ、ボロ・ハウズは、光が最も美しい午前中のブハラに無理なく収まります。もっとじっくり時間をかけたい、あるいは現地ガイドとともにゆったりしたブハラの旅程をご希望でしたら、ウズベキスタンのオーダーメイドツアーに組み込むことができます。





